今日、近所のカフェで作業をしていたのですが、ちょうど作業も一段落したところでツイッター見てたんです。そしたら、foursquare(以下4sq)の告知で知り合いが近所にいて、ちょっと飯でも…と連絡してみたところ、送別会をしているとのこと。
送別される方も知らない仲ではないのでとりあえず即参加!となりました。
ほんとに、即!という感じでした。
距離にしたら50mと離れてない場所です。
でも、普通ならすれ違いもせず、つながるはずのない線です。偶然同じ店に入って出会うことが運命だとすると、今日みたいなことは、普通ありえない。
僕たちが4sqやtwitterといったツールを使っていることを知らない人からしたら、ちゃっかりと現れてお酒なんかをご馳走になっている感じが、こいつどうやって嗅ぎつけたんだ?!と思われても不思議じゃない。(各位>>ご馳走様でした)
もう魔法なんじゃないかと思ってしまう。
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普通、他人との繋がり方というのは、会っているか会っていないか、の2点しかありません。
それが、電話やインターネット、携帯電話等が広まるにつれ点が増えていき、繋がっているという感覚を細かく選べるようになりました。
約束しなければ会えなかった時代から、携帯電話でいつでも連絡がとれる時代になって、直で繋がり過ぎる感じにうんざりして、メールでつながるようになって、時間ができたときにネット上のコミュニティーを巡るようになる。それをさらにアナログよりというか、直で繋がってる感じが携帯メールやネットコミュニティーよりももう一歩薄くした感覚。
この感覚を、たぶん、社会人としての生活にいい具合に収まったことを、ふと感じられた瞬間だったように思う。
ちょうど今読んでいる本に、”チャリティのことづて”(ウィリアム・M・リー)という短編があって、時空を隔てた2人が思考の中でだけ対話ができて、見たものや聞いたこと等も共有するという、半タイムトラベル的な話なんです。それがあったから今回のことがより引っかかったのかもしれません。
時空を超えるほど大層なことではないけれど、可能性という意味ではそれと同じような隔たりが超えられたような、ちょっと未来な出来事でした。